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東京地方裁判所 昭和33年(モ)1662号 判決 1958年10月06日

申立人 国

訴訟代理人 森川憲明 外三名

被申立人 菅原賢三

主文

当裁判所が昭和三二年四月二五日当庁昭和三二年(ヨ)第四〇二一号賃金支払仮処分申請事件についてなした仮処分決定中申請人菅原賢三にかかる部分を取消す。

申立費用は被申立人の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立人の主張

申立人指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、東京地方裁判所は、申立人を相手方とする被申立人の賃金支払仮処分申請に基き、昭和三二年四月二五日、同庁昭和三二年(ヨ)第四〇二一号賃金支払仮処分事件として別紙の仮処分決定をした。そこで申立人は右決定に従い被申立人に対し所定の金員を支払つてきた。

二、申立人と申立人との間に雇傭契約が存続しているとすれば、被申立人は米合衆国極東空軍兵站司令部立川基地マテリアル・フアシリテイズデ・ヴイジヨンの包装工である。

三、昭和三二年一一月二九日、米軍は申立人に対し両者間の基本労務契約に基き予算削減の理由による人員整理として右デヴイジヨンの包装工のうち三三名を解雇するよう要求した。基本労務契約に定められる人員整理基準によれば整理該当者は先任の逆順に選出されるところ、被申立人は原職にあればその第八番目に位置することになり整理対象者に含まれる。そこで申立人は被申立人に対し昭和三二年一二月二四日附解雇通知書をもつて裁判の結果にかかわらず昭和三三年月一月一〇日に予備的に解雇する旨意思表示した。右解雇をするについて予告手当を提供していないが即時解雇を固執するものでないから、おそくとも予告期間三〇日の経過により解雇の効力が発生し雇傭契約は終了したことになる。

四、従つて前記仮処分決定は決定後に決定の基礎である事実関係に事情の変更が生じたものであるから、民事訴訟法第七四七条第七五六条により仮処分決定の取消を求める。

五、予備的解雇は無効である旨の被申立人の主張は否認する。

右主張は次のようにすべて理由がない。

(一)  被申立人より先任の逆順において優位な者がすべて条件附任意退職の意思表示をしたことは否認する。かりにその意思表示があつたとしても、人員整理は予算削減の理由に基き、整理後の必要人員を定めその余を解雇する趣旨であつて、整理人員は被申立人がすでに保安解雇され基地から排除されたことを前提として定めたので、結局被申立人を加えると三四名を解雇する趣旨であるから整理の必要あることに変りがない。

(二)  前記理由に基く解雇であるので不当労働行為に当るわけはない。

(三)  申立人は被申立人をすでに保安解雇しているので賃金・休業手当の支払をしていない。しかし前の解雇が無効であつても、その場合賃金支払義務が存するにとどまり、予備的解雇の効力を左右するものでなく、公序良俗違反の解雇でも解雇権の乱用でもない。

(四)  予備的解雇の通告は、前になした保安解雇の無効確定を条件とするものでなく、その効力は確定的に発生するもので、前の解雇が有効であれば無意味なものであるにとどまる。

第二被申立人の主張

被申立人訴訟代理人は「申立人の申立を却下する」旨の判決を求め、答弁ならびに抗弁として次のとおり述べた。

一、申立理由一、二の事実並びに三のうち申立人が被申立人に対し昭和三二年一二月二四日附解雇通知書により昭和三三年一月一〇日に予備的に解雇する旨の意思表示をした事実及び人員整理基準が先任の逆順に選出され被申立人がその八番目に位置する事実は認める。

二、しかし右予備的解雇は次の理由で無効である。

(一)  申立人の主張するところによれば整理を要求された人員は三三名である。ところが申立人は被申立人を加えると三四名を解雇した結果、一名は整理の必要なくしてなされた解雇であつて無効となるわけである。

ところで、先任逆順において被申立人より優位にある二五名はいずれも、昭和三二年一二月七日解雇通知の到達と同時に、被申立人に対する解雇が無効に確定することを条件として先任権を放棄し任意退職する旨の黙示の意思表示をなした。このことは被申立人に対する解雇の結果三四名の解雇となることを知りまたは知り得ながら、これらの者が解雇に異議を述べなかつたことにより事実上推定される。したがつて被申立人に対する解雇は整理の必要がないのに誤つてなされたもので無効である。

(二)  三三名の整理要求に対し被申立人の他に同数整理され、被申立人を解雇する必要がないのにこれをしたのは、組合活動を理由とする不当労働行為である。

(三)  申立人は被申立人に対し予備的解雇にいたるまでの賃金休養手当等を支払つていない。このような解雇は労働基準法第二三条第二四条第二六条の強行法規に違反し、確立された善良な風俗たる労働慣行に反する。

(四)  右のように雇傭契約に伴う賃金などの支払義務を履行せずに解雇するのは信義誠実の原則に反し解雇権の乱用である。

(五)  解雇の意思表示は形成権の行使と解され、単独行為であつて、これに条件を附することは相手方の地位を著しく不利益にするおそれがあるから、条件に親まない行為である。本件予備的解雇は明らかに条件付意思表示であるから許されない。

三、以上のように予備的解雇は無効であるから、雇傭契約は依然存続しており事情の変更はない。

第三疏明資料<省略>

理由

一、申立人の主張する第一の一、二の事実ならびに申立人が被申立人に対し昭和三二年一二月二四日附解雇通知書をもつて昭和三三年一月一〇日に予備的に解雇する旨の意思表示をした事実は当事者間に争がない。

そして成立に争がない甲第二号証の一、二同第三号証及び正しく作成されたと認むべき同第七号証の記載によれば、労務基本契約に定められた人員整理に関する基準は就業規則と同様の効力を有するものと解するのが相当であるので、この規定に違反する解雇は無効と解すべきところ、右解雇は申立人主張のように予算削減の理由により人員整理の必要に基くものであり被申立人はその順位より整理人員三三名中に含まれるものであることが認められるので右解雇の措置は前記規定に違反するものとはいえないし、また右解雇は即時解雇を固執する趣旨に出たものとは認められないので、解雇通告の後三〇日の経過によつて雇傭契約は終了するものと一応認めるのが相当である。

二、そこで右予備的解雇通告は無効であるとの被申立人の主張について判断する。

(一)  解雇は整理の必要性なくしてなされたとの主張について、人員整理基準が先任の逆順に、つまり雇傭期間の短かい者から、解雇される基準であること、および本件人員整理該当者名簿(甲第六号証)のうち被申立人は第七番目と第八番目の間に当る順位にあることは当事者間に争がない。しかし、被申立人よりも優位の順位にあるものが解雇に異議を述べずに退職したことをもつて先任権を放棄する意思表示をなしたと認めることは困難であるばかりでなく、仮りに先任権の放棄がなされたとしても、前掲証拠と弁論の趣旨を綜合すれば、本件人員整理は職場における必要人員を算定しその余剰人員を排除する意図に基くものと認めるのが相当であつて、被申立人が通常のように就業していたとすれば余剰人員は三四名と算定されたものと認められる。してみればたとえ被申立人が整理該当者名簿の三三名中に記載されてなくとも、もし申立人被申立人間の雇傭契約が存在するとすれば、被申立人も余剰人員であると認めるべきであるので、やはり整理の必要性があるというべきである。

従つてこの点に関する被申立人の主張は理由がない。

(二)  不当労働行為であるとの主張について。

前記のように本件人員整理は整理の必要に基き先任逆順の序列に従つて行われたものであり、被申立人は原職にあれば整理対象者となる順位にあるから本件解雇は余剰人員整理の故になされたと認めるのが相当で組合活動の故に差別扱されたと認めるに足りない。

よつて右主張も理由がない。

(三)  公序良俗違反、解雇権乱用の、主張について。

被申立人に対し予備的解雇にいたるまでの賃金休業手当等の支払のないことは当事者間に争ない、しかし解雇時に賃金支払の未了であることが直ちに解雇の効力を左右するものとは解されない。被申立人の挙げる労働基準法各法条は賃金支払義務を明記するものではあるが、支払ない場合の解雇の効力を否定する趣旨と解することはできない。また本件においては前になされた保安解雇の効力について申立人と被申立人が係争中であることは弁論の趣旨より認められ、その後の賃金等の支払がないことに一応の理由がある。従つて解雇が公序良俗違反とも解雇権の乱用とも認められない。よつてこの点に関する主張も理由がない。

(四)  条件附解雇であつて無効との主張について。

成立に争ない甲第四号証の三によれば、申立人は被申立人に対し両者間で係争中の昭和三〇年三月二六日附保安解雇の効力に関する「裁判の結果にかかわらず予備的に解雇する」旨の意思表示をしたことが認められる。右によれば予備的解雇は前になされた保安解雇が将来無効と確定するときにその効力発生をかからせたものでなく、過去になされた保安解雇の効力の有無にかかわらず予備的解雇後の雇傭関係を終了させる意思表示であつて、保安解雇が無効の場合のみ実質的意義をもち、これが有効であれば無意義である意味で「予備的に」なされたものであることが明らかである。従つてその効力の発生を将来の不確定な事実の成否にかからしめる条件附意思表示とはいえず、また被申立人の地位を不確定とするわけでもない。被申立人の主張はその前提である事実も認められないから、理由がない。

三、以上のとおり予備的解雇無効の主張はいずれも理由がなく解雇通告後三〇日を経過した昭和三三年一月二四日以降は当事者間の雇傭契約は終了したものというべく、右事情変更の結果、同日以降右雇傭契約の存在を基礎とする前記仮処分決定の理由は消滅したものと認められる。

よつて前記仮処分決定中被申立人に関する部分を取消すこととし訴訟費用について民事訴訟法第八九条を仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

(別紙)

昭和三二年(ヨ)四〇二一号

決定

(中略)

立川市高松町二丁目三三番地

申 請 人 菅原賢三

右申請代理人弁護士 芦田浩志

岩村滝夫

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被申請人 国

右代表者 法務大臣 中村梅吉

右当事者間の昭和三二年(ヨ)第四〇二一号賃金支払仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

被申請人は、申請人等に対し昭和三二年三月行以降毎月末日別表記載の金員の支払をせよ。

昭和三二年四月二五日

東京地方裁判所民事第十九部

裁判長裁判官 西川美数

裁判官 大塚正夫

裁判官 花田政道

<別表 省略>

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